« 受難の10円 | トップページ | 経済再建安定計画(ドッジ・ライン)以降の財政 »

経済復興期の財政

戦争経済は終戦時に崩壊していた。国内資源を徹底的に動員して戦争経済に注ぎ込んだ結果の敗戦であった。米軍の爆撃は経済力を破壊し、主要な都市を焼き尽くした。戦争経済の崩壊とともに国民経済も破壊され、戦後の経済運営のための余力も極度に減殺された。そして戦時中に蓄積された預貯金によって潜在的購買力だけが大きく残った。

 

 終戦によって軍事支出がなくなり、国民の財政負担は軽減したが、国民の負担力の基礎が減殺されていたので、戦後の財政支出を賄う財政収入は不足し、財政困難は続いた。これに食糧不足の不安が加わって、潜在購買力が顕在化し始め、悪性インフレへの恐れが強まった。政府は一方で戦時補償との関係で財産税賦課を計画していたので、食糧対策、インフレ対策、財産税賦課のために21年2月に金融緊急措置を実施して、預金を封鎖し、通貨を新様式に切り替え、いわゆる新円経済を始めた。

 

 戦時政治体制からの転換過程で、21年度の予算編成が遅れ、この間に租税徴収の不振、占領軍駐留費の放出、国民生活資金の放出等があって、金融措置によって収縮した通貨量は、半年後には再度措置前の額に戻った。ようやく決定した予算も形式的に収支は均衡していたものの、一般財源に切り替えられた財産税収入の先取りなどがあって実質的には不均衡の内容であった。また政府の予定した戦時補償の実施は占領軍の方針で打ち切られて、戦後の経済再建の資金的手段を失った。これを自由な国民貯蓄に期待するには国民の所得はあまりにも低水準であった。

 

 22年度財政からは日本国憲法、財政法の規定によって予算は収支均衡で組まれたが、その実施に当たって租税収入の遅れがあり、特別会計の短期資金調達に抜け道があり、また戦時補償打ち切りの事後対策として設立された復興金融金庫が、その資金を日本銀行の信用創出に求めたこと、そして民間では企業が赤字経営を続ける等が重なって、通貨の膨張は依然として激しく続いた。財政支出は増大したが、それは占領軍駐留費、価格調整費、公務員給与等によるものであり、これを賄う租税は所得税と酒税、それに専売公社で、法人税による企業負担に期することはできなかった。インフレによる名目所得の増大で所得税負担は強化され、また家庭配給のたばことは別の自由販売による高級たばこで購買力を吸収しつつ財政収入の増加が図られた。所得税の徴収はまさに徴税強行と称してよいほどであったが、財政収支の確保は困難で、23年には新しい型の取引高税も採用された。

 

 

 

肥後和夫編「財政学要論 第4版」有斐閣双書、1993年、304305頁。

 

 

 

 

 

 

 

« 受難の10円 | トップページ | 経済再建安定計画(ドッジ・ライン)以降の財政 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1004865/71623695

この記事へのトラックバック一覧です: 経済復興期の財政:

« 受難の10円 | トップページ | 経済再建安定計画(ドッジ・ライン)以降の財政 »

無料ブログはココログ