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2018年1月

昭和48年 Ba型(タイプ)

今回は昭和48年銘の10円青銅貨の手変わりのうち1種類しかないBa型(タイプ)を取り上げる。昭和48年前後はコインブームがあり発行枚数も非常に多く製造された。

昭和48年Ba型(タイプ)として採用されている図案は、前年と同じであることが特徴である。「翼廊楼閣部分の屋根軒先:隅棟:楔型」「左翼廊の楼閣軒先:細い1本線」。存在率100%。この型しか存在しない。容易に見つけることができるため、収集意欲がわかない。

近年、10円青銅貨のスラブ品が出品されているのを見るが、収集家にとっては未使用ということが分かり大変便利な点もあるが費用面では高いのが難点だ。

Ba型(タイプ)はしばらく続き昭和53年銘まで続くことになる。


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Amazonで購入したスマートフォンに外付けするマクロレンズは20倍のものですが2016年10月に発売されたものです。調べるといろいろな種類のものがあることが分かりました。数年前に比べて随分と手軽になりました。正式にはコンバージョンレンズといいます。

まずはiPhone X に対応しているもの。18倍のもの、15倍が大部分を占めています。また、広角、魚眼、マクロレンズの3点がそろっているものもあり100円で購入しました。中国製のものがほとんどです。届きましたら試してみます。

昭和47年 Ba型(タイプ)

殆どのコレクターは趣味でコイン収集をしており利殖は目的ではない。趣味道楽の類ではあるが、最近コイン界に参入してきた富裕層は最初から投資利殖目的の人も多いようである。少なくとも資産保全を考慮しているようである。

コインを趣味で集めるか、つまり貨幣研究会例会のようにそのコインが将来人気が出て価値を見出せるか、筆者のように本当の趣味で自分の小遣い程度で人気のない貨幣を集めるかで当然対象が変わってくる。

利殖や投資を目的とするコレクターが収集対象とするのはおそらく19世紀以前の状態の良い稀少コインに限定されることになる。さらに、最近の金価格の高騰により1グラム当たりの金相場を計算に入れ、金貨を大量に買いあさっているという現象も見受けられる。

スラブ品の状態評価については、銅貨の色彩判定にはかなり曖昧さがあり、様々な問題を含んでいる。たとえば、RD表示の品とRB表示の品を比べると、表示が逆のように感じる場合があった。

これは、業者の方にも言え、店頭で勧められるもののなかには数値の低いもの、RB表示の品の場合があった。スラブ品の銅色判定に曖昧さがあるのは周知の事実だろう。

RD表示の品に近いRB表示の品、逆にRB表示の品に近いRD表示の品、数字もMS-65に近いMS-64、逆にMS-64に近いMS-65などが見られるが第三者鑑定機関が正式に発表しているので一般の収集家は従うしかない。

あと一つの問題は、銅貨スラブのRD表示の品については、ある程度は銅色の経年変化を覚悟する必要があるということである。これを防ぐにはスラブケースをチャック付きのビニール袋に入れて保存する必要がある。

冬場、ストーブの近くに置き温風に曝しておくのは変色の原因にもなると思う。また、ミントセット出しの未使用の銅貨をコインホルダーに入れて透明袋 OPPクリスタルパック に入れクリップシーラーで圧着して外気を完全に遮断したとしても、肝心の銅貨に汚れが不着していた場合、徐々に錆が出てくることを経験している。安いもので平成のミントセットに組み込まれているものを持っていたため事態は大きくならなかった。

昭和47年 Ba型(タイプ):「翼廊楼閣部分の屋根軒先:隅棟:楔型」「左翼廊の楼閣軒先:細い1本線」。存在率100%。この型しか存在しない。発行枚数が異常に多いが同じ図案で手変わりはこの一種類だけです。

NGC-MS65RD CCF2017で2700円で購入しました。低額品ブースにて。


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Amazonからスマートフォンに付けるマクロレンズを注文しましたので到着が楽しみです。最も安い商品を選びましたので良くなければ別のものにするか迷っています。

昭和34年から昭和46年までの手変わり分類

10円青銅貨の完全未使用品、MS-65RDなどの銅の輝きの高い品などは人気度と稀少価値が高いといえる。特に、銅貨は銀貨や白銅貨以上に酸化されやすいためである。この傾向は昭和36年銘までの完全未使用品に高い評価が付けられている。

昭和61年後期のほうが人気度は高く、オークションに出れば数万円の値が付く人気銘柄です。特にPLの完全未使用品MS-66RDのものが評価が断然高い。

しかし、これらの最高評価を受けているものよりも、昭和59年Cb型の完全未使用品のほうが超稀少であり、最も少ないといえる。

●今までに取り上げた現行10円青銅貨の手変わりの分類表を再掲する。分類整理できるようになると非常に面白い。過去の記事も参照なさって理解を深めてください。


10円青銅貨の手変わり分類表について

「10円青銅貨の手変わり」の解説については、神吉廣純先生(号・喀龍)のわが国で初めて発表された『日本貨幣カタログ1994』特集、「収集」2006年9月号、19頁、鈴木和三郎先生の書籍『日本の現行貨幣‐収集の手引き‐』2011年、内外貨幣研究会編のほかに貨幣名称として使われている名称を使用しました。

しかし、発表時期が異なっていて研究も進展しており、鈴木和三郎先生の著書にも分類名の変更や誤植が見られるため、若干訂正したケースもあります。平成の頃のものは鈴木和三郎先生の書籍に従ったところが多いです。

分類表の作成には正確性はもちろん、公正さが求められます。神吉先生の分類をもとにしたうえで鈴木先生の分類も参考にしています。神吉先生は10円青銅貨の手変わりを最初に発表された研究者だからです。

できる限り10円青銅貨の手変わりを『日本貨幣カタログ1994』特集、「収集」2006年9月号、19頁に従いました。特に、「存在の報告はあるが現品未確認のもの」は漏らさず記載しました。

また、平等院鳳凰堂の書籍を参考にしたり、平等院ミュージアム鳳翔館に問い合わせをして正式名称とコイン上の名称を比較して表現したところがあります。実際のお寺の世界遺産 平等院鳳凰堂にはない名称や部分が非常に多くコイン上で使われている名称でもいいのではないかという意見に落ち着きました。そのため、収集家の満足する名称(鈴木先生のもの)でも構わないというわけです。ただし、10円青銅貨の手変わり自体が十分に普及されているとはいえず、正式な名称はまだ決まっていないと思っています。

彫刻するときに省略されていたり、階段に切れ目が有ったりなかったり、宝珠の数が省略されたり簡略化されています。貨幣にするときに適当である図案かどうか造幣局で決定されるためです。

今はコンピューター制御で貨幣が製造されていますが昭和45年ころは複数の熟練した工芸官がいたと推測できます。それが発行枚数の違いになり「手変わり」別の稀少価値を生み出すもととなるのだと考えます。

次に、分類名や分類位置(前期、中期、後期)が適切であるかということです。そのため既存の分類名や、分類位置の変更を行う際には、細心の注意を払う必要があります。未使用貨幣で必ず確認して、新発見の手変わりを見つけた時は2枚目も念のため見つけるように心がけるなどが必要です。

どうしても個人で分類表を作成すると、見落としや訂正、誤植が生じる可能性があります。また、信憑性も問われてきます。そのため貨幣研究会例会で公開・発表してゆくことが望ましいと考えています。催事のコイン商の店頭で店主とお話しすることも重要です。

すべてのコレクターが満足する分類表は作成できません。なかなかコイン商に認知されたりしません。専門書「収集」に掲載されるためには文章力と運が問われ、最も効果的な方法はホームページに公開する方法だと筆者は思います。

分類表の発表後は、必ずメンテナンスを行い、分類表の訂正や新発見の追加を適宜行っていくことが望まれます。その成果を広く公開して認知してもらうことが重要です。昭和46年以前のものは過去の記事をご覧ください。

昭和46年 後期 Ba型(タイプ)

今日も雪が解けずに空気も寒かった。今が一番寒いのではないだろうか。

昭和46年 後期 Ba型について説明します。前年の昭和45年 後期 Ba型から頭のアルファベット表記がAからBに変更になりました。昭和46年 Ba型は通常貨の流通貨でほとんどがこのBa型です。存在数は3283枚です(平成28年7月4日現在)。非常に多い。今はもっと増えてきていています。

〇昭和46年 後期 Ba型 非常に多い。 :翼廊楼閣部分の屋根軒先:隅棟(すみむね):楔型、「左翼廊の楼閣軒先:細い1本線」

昭和45年 後期 Ba型 と特徴は同じで①、②、③、④の左右にある翼廊楼閣部分の屋根軒先:隅棟(すみむね):楔型(くさびがた) です。楔型などの名称はコイン上の名称であり、実際の平等院鳳凰堂に存在する名称ではありません。

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昭和46年銘の10円青銅貨はこのコインだと思いますので皆さんも探してみてください。そして前期と後期の違いが分かるようになれば手変わりは理解できたといえます。

ヤフオク!より昭和40年後期 Ac型など が届く

ヤフオク!より落札した商品が届きましたので報告します。ロール出しのきれいな状態には大満足ですが、ヘアラインの見られるものも中にはあり難しいです。落札でき素直に嬉しいです。昭和39年 Ab型 「右翼廊の楼閣の軒先:2本線」も送られてきましたがロール出しではないようです。

昭和40年 後期 Ac型 「右翼廊の楼閣軒先:明瞭1本線」:存在率55.5% 存在数786枚。前期 Ab型は「右翼廊の楼閣軒先:2本線」で存在率44.5% 存在数630枚とほぼ同じ数です。これが前期と後期の差が顕著な場合に評価が分かれるのですがこの場合は分かれません。過去の記事を修正しておきました。

 
筆者は前期タイプのAb型を探していましたのでロール出しの完全未使用ですがすこし残念でした。

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昭和39年 Ab型 については機会があれば紹介します。

昭和46年 前期 Ac型(タイプ)

まだ、雪が道路に溶けず残っていて風が非常に寒いです。今日も除雪に追われました。

昭和46年 前期 Ac型 :「日本貨幣カタログ1994」特集、「収集」2006年9月号19頁に掲載されている神吉先生の10円青銅貨手変わり分類表には「※存在の報告はあるが現品未確認のもの」とされています。

そのためまさか見つかることはないと思っていました。地元では発見すると嬉しく思うようになり明日への希望が出てきます。コインアルバムに入れて特別に保存しています。


昭和46年 前期 Ac型 :非常に少ない

①、②、③、④の左右にある翼廊楼閣部分の屋根の軒先:隅棟(すみむね):跳び上がり が特徴です。

存在率は非常に少なく1割も満たないと思います。ノートに枚数を記録していましたので分かり次第記載します。

〇昭和46年 前期 Ac型:翼廊楼閣部分の屋根軒先:隅棟(すみむね):跳び上がり

画像が小さくても見慣れるとわかります。ヤフオク!やコイン商でようやく見つかりました。原価に近い価格(手変わり評価がまだされていません)で見つけた時の感動は忘れもしません。このような楽しみ方もあるわけです。


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参考までに後期タイプのBa型は非常に多く稀少性がありません。昭和45年Ac型の存在数は非常に多く、昭和46年Ac型は逆に非常に少ない存在率になりますので注意して探してみてください。


※鈴木和三郎先生の書籍『日本の現行貨幣‐収集の手引き‐』2011年では分類されていません。

昭和45年 後期 Ba型(タイプ)

昨日の雪が積もり、20センチほど積もりましたか靴の中まで入り水でぬれて大変でした。除雪もしましたが大変忙しかったです。

昭和45年 後期 Ba型 を説明します。特徴は①、②、③、④の左右にある翼廊楼閣部分の屋根軒先:隅棟(すみむね):楔型(くさびがた) です。

存在率は9.0%。稀少価値が高いものです。存在数は178枚。前期タイプのAc型は1781枚と非常に多いです。実際の存在率は前期タイプのAc型が7割、後期タイプのBa型が3割程度の感じです。

存在数についてはその後増えたためにもう一度計算したいのですが筆者の暇がないうえに、10円青銅貨の手変わりに興味がある人が少ない、収集家が少ない、このブログが知られていないなどの理由で一人では再計算ができません。貨幣研究会などの例会で取り上げられ複数の収集家に分担してもらえると容易になるかと思います。

〇昭和45年 後期 Ba型 翼廊楼閣部分の屋根軒先:隅棟(すみむね):楔型、「左翼廊の楼閣軒先:細い1本線」

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昭和45年 前期 Ac型(タイプ)

昭和45年は前期タイプのAc型と後期タイプのBa型があり前期タイプのAc型は多く、後期タイプのBa型は稀少価値が高くなります。この年号をはじめ数点に焦点を絞り、撰り銭をしています。

昭和45年 前期 Ac型 :多い
存在率は9割程度ですがノートに枚数を記録していましたので分かり次第記載します。存在数が1781枚(平成28年5月2日現在)。存在率は90.5%。

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緑色で囲んだ場所全体を楼閣と呼びます。①、②、③、④の左右にある翼廊楼閣部分の屋根の軒先:隅棟(すみむね):跳び上がり が特徴です。これらの~型などの名称はコイン上の名称で実際のお寺には存在しません。分かりやすい名称がよいのではないかと思います。この名称は鈴木和三郎先生により最初に作られ、「左右の隅楼の形状の違い:隅棟(すみむね):跳び上がり」と名付けられました。これを参考にしています。

造幣局の職員の工芸官が原型を作った人であり、何を省略して、何を残したかった、何を強調したかったのか分かりません。

彫刻をして、貨幣として適切なものにするため省略する必要があるはずだったのですがどういうわけだか知りませんが2種類が存在します。 おそらく当時は工芸官が複数人いたのだと推測されます。

〇昭和45年 前期 Ac型:翼廊楼閣部分の屋根軒先:隅棟(すみむね):跳び上がり

流通貨の場合は摩耗が見られるので左側の翼廊楼閣の軒先の部分で確認ができない場合、右側の翼廊楼閣軒先の部分でも再確認するようにしています。コイン商の店頭でも同様にして探しています。
 
 
 
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関東地方は雪が激しくなってきました。ニュースは雪の天気予報ばかりです。
 

昭和44年 Ac型(タイプ)

昭和44年銘 には手変わり分類はAc型の1種類だけです。「右翼廊の楼閣軒先:明瞭1本線」です。

昭和44年 Ac型 存在率:100%。このアルファベット表記は神吉廣純先生により初めて発表されました。鈴木和三郎先生もこの分類方法にしています。最も、中分類、細分類をされている箇所がほかの年号でも目立つのが特徴です。
筆者は、神吉廣純先生の分類に従っています。大分類のAc型と分類しました。

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1/21 茨城貨幣研究会例会

地元の貨幣研究会に出席してきました。新年のあいさつを交わし、卸業者のS氏が来られていたので近代銭をよく見ることにする。多くの泉友諸先輩に挨拶する。50銭や20銭、10銭、龍5銭など出品されましたが収集していないので購入に走るとすぐに高額になるので見るだけにする。

親切な卸業者で、来月以降昭和59年Cb型など期待していい。近所のT氏にも頼んでおく。業者から購入するのは馬鹿に見えてきました。

昭和43年 Ac型(タイプ)

昭和43年銘も識別番号がAc型ということから表の宇治平等院鳳凰堂の特徴は同じです。

昭和43年 Ac型 存在率:100% 手変わりは1種類しかありません。「右翼廊の楼閣軒先:明瞭1本線」。

ロール出しの未使用。

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昭和42年 Ac型(タイプ)

随分と日が長くなりました。今日は昭和42年について説明します。この年号は発行枚数が少なく、集めている人が多いです。筆者も集めています。状態にこだわらなければ流通貨幣でも見つけることができます。ひと昔、コインブームのあった昭和48年ごろには昭和33年のギザ十が結構見つけられました。そのころと同じ状況です。

昭和42年銘も識別番号はAc型であり、「右翼廊の楼閣軒先:明瞭1本線」で大分類では1種類しか分けることができません。昭和42年銘を各自で細かく分類することも可能ですが、10円青銅貨の手変わりはまだ人気がないので中分類、細分類まで分類する必要はないと思います。

ただし、10円青銅貨の手変わりは神吉廣純先生が最初に発表されたので基本的にはこの分類に基づいているところが大きいです。鈴木和三郎先生の分類方法の影響も非常に大きいです。

昭和42年 Ac型 存在率:100%、「右翼廊の楼閣軒先:明瞭1本線」。
NGC-MS65RD、CCF2017の低額品コーナーで購入しました。


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昭和41年 Ac型(タイプ)

昭和40年Ac型と全く同じ図案を用いています。手変わりはすべて同じ種類で別のものは見当たりません。この年号もきれいな状態のものが手軽に見つかります。もっとも、茨城貨幣研究会例会では資金が十分にあっても収集界には少なく、状態の極めて良いものがない貨幣をコレクションされている方が多いために古銭では同じことが当てはまりません。

10円青銅貨の手変わりは比較的集めやすいです。資金があれば状態の良いものを集めることができます。スラブ入りコインのRD表記のものがよろしいと思います。

後に紹介する昭和56年Bd型(未見)、昭和59年Cb型(手変わり表記がされて販売されているところを見たことがありません)、昭和61年後期Cf型は日本貨幣カタログにも図解されているため未使用、完全未使用、スラブ入りコインは数万円します。昭和26年のPCGS-MS64RDなど銅の光沢が強く残っているものは収集界には稀少で高値が付いています。

昭和41年 Ac型 存在率:100% 「右翼廊の楼閣軒先:明瞭1本線」

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昭和40年 後期 Ac型(タイプ)

午後になり水戸市内は雨が降り出し大雨になりました。


昭和40年銘には前期のAb型と後期のAc型に分類できます。神吉廣純先生が手変わり分類表を「日本貨幣カタログ1994」特集、「収集」2006年9月号19頁に掲載されたのをきっかけとして、鈴木和三郎先生の著作である「日本の現行貨幣‐収集の手引き‐」内外貨幣研究会発行、2011年10月が発行されて2種類に大分類され確定をしました。


鈴木和三郎先生の書籍はホームページを本にしただけで当然ですがホームページのほうが詳しく書かれています。


昭和40年 後期 Ac型 「右翼廊の楼閣軒先:明瞭1本線」:存在率55.5% 存在数786枚。昭和38年と同様に「右翼廊の楼閣軒先」の形が異なります。名称は省略されていますのでコレクター各人が覚えやすい名称でも構わないと思います。状態は未使用ですが銅の光沢が黒んできてロール出しのようにRD評価ではありません。

筆者は、「右翼廊の楼閣軒先:明瞭1本線」と付けましたが、収集家の間で異論のあるところだと思います。ちなみに鈴木和三郎先生の分類方法は「右隅楼軒先:1本線」と名付けられています。


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ヤフオク!で昭和39年と昭和40年のロール出しを落札しましたので到着を待っています。昭和40年後期と画像から判断できましたが自分で見てどのように分類されるか楽しみです。まあ、茨城貨幣研究会の価格が妥当ということからかなり安くなると思います。

昭和40年 前期 Ab型(タイプ)

昭和40年銘にも前期タイプのAb型と後期タイプのAc型に分けられます。識別番号はAb型です。神吉廣純先生が初めて命名されました。その後、鈴木和三郎先生によっても2種類に大分類がされています。コインホルダーの上から撮影したので光が入ってしまいました。iPhone X で撮影。カメラアプリは使っていません。

昭和40年 前期 Ab型 存在率44.5% 存在数630枚

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今日、自動販売機から平成11年 前期 Ci型 を見つけました。従来はミントセットにしか見つかったことがありませんでしたので驚いています。昭和63年 前期 Ce型と同じで貨幣セットを崩して使ったのだろうか。

プルーフ貨幣も見つけたことがあり、疑問があります。流通用に製造されたものなのか。平成11年 Ci型 も一応流通から確認済みですので結構流通されているものなのか、造幣局で製造したものなのか分かりません。これも後に取り上げます。

昨日、国立印刷局の1万円札を作る様子が工芸官の毎日の練習で作られていることが民放テレビで取り上げられました。手変わりと一緒で今度の肖像を外部に漏らすことは禁止されているということです。推測すると、工芸官は数名いて何種類もの異なった極印を製造した場合が手変わりとして製造され、稀少価値の高いのものが生まれるのだと思います。

昭和39年 Ab型(タイプ)

昭和39年銘の10円青銅貨の手変わりは1種類しか分けられません。大分類は1種類というわけで自分なりに何種類にも分類しても構いません。趣味ですから自分が楽しめればいいわけです。一分銀や一朱銀、近代銭の手変わりのようにアルファベット表記をして分類してみました。

昭和39年  は識別番号はAb型であり、平等院鳳凰堂の図案は他の年号に見られるAb型と同じです。当然ながら昭和38年 後期 Ab型 に見られた特徴の 「右翼廊の楼閣の軒先:2本線」 です。

昭和39年 Ab型 :未使用 存在率:100% 茨城貨幣研究会の泉友のY氏より頂きました。PCGS-MS64RDくらいだと話されていました。

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昭和38年 後期 Ab型(タイプ)

昭和38年の手変わりには、前期タイプであるAa型と後期タイプであるAb型の2種類が存在する。その発表後、研究が進み、存在比もほぼ解明された感がある。筆者は、神吉廣純先生、鈴木和三郎先生の両研究者の名称に実際のお寺である平等院鳳凰堂の正式名称と貨幣界で慣習的に呼び名が定着されている右、左などの呼び名に倣い名付けてみた。

識別番号はAa型(タイプ)の前期に対して、Ab型(タイプ)となっている。存在数は多い。

昭和38年 後期 Ab型(タイプ) 北翼廊(右翼廊)の楼閣の組物軒先:2本線
つまり省略すると、 「右翼廊の楼閣の軒先:2本線 」

茨城貨幣研究会の大忘年会で泉友のY氏より頂いたものです。

昭和38年 後期 Ab型(タイプ) 未使用 PCGS-MS64RD程度ではないかと言われていました。会場で後期タイプと拡大鏡で確認して少し残念でした。

鈴木和三郎先生は昭和38年 右隅楼軒先:2本線 と命名されています。

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本日、第2回ミントミントオークションの下見会が東京・日本橋のロイヤルパークホテルでありましたが用事があり行けませんでした。2月の銀座フェスタ21などの催事に行くつもりです。
 

昭和38年 前期 Aa型(タイプ)

昭和38年銘の10円青銅貨には前期と後期の2種類が存在します。前期をAa型(タイプ)、後期をAb型(タイプ)と呼び、前期タイプが少ないようです。少ないといってもプレミアムが付くような稀少価値はなく便宜上少ないと呼んでいるに過ぎないくらいの存在率です。

今回は前期タイプの識別番号がAa型(タイプ)を紹介します。

昭和38年 前期 Aa型(タイプ) Aa型(タイプ)ということから昭和34年から変更がありません。

昭和38年 前期 Aa型(タイプ) 北翼廊(右翼廊)の楼閣の組物軒先:1本線
 つまり省略すると、 「右翼廊の楼閣の軒先:1本線 」

実際の平等院鳳凰堂にある呼び名と随分と変更されています。貨幣の図案にするときに彫刻用に省略して貨幣にするには不適当と決定されたのだと思います。

鈴木和三郎先生は「右隅楼軒先:1本線」と名付けられています。

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昭和37年 Aa型(タイプ)

3.溶解工程

溶解工程では、銅、ニッケルなど貨幣の素材となる数種の金属を一定の品となるように配合し、電気炉で溶解する。

使用する電気炉は、作業環境を清潔に保ち、また均一な組織の合金を作ることができる誘導電気炉を使用している。

溶解され高温の液状となった貨幣用の合金(溶湯)は、水冷鋳塊型に注入され、そこで長い棒状に凝固する。ここで用いられる鋳造装置は、半連続鋳造装置と呼ばれるものであり、上から溶湯が注入されると同時に、鋳型の底面がエレベーターのように、徐々に下降していくようになっている。溶湯は、次第に固まりつつ下降し、更に水槽中に入って冷却され完全に固まり、長さ数メートルの棒状の合金が出来上がる。これを鋳塊という。

こうして作られた鋳塊は、これ以降の工程での取り扱いが簡単になるように、短く切断され、次の圧延工程に送られる。


昭和37年 未使用 識別番号はAa型(タイプ)。


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昭和36年 Aa型(タイプ)

 
随分と寒さが増しました。朝が特に冷えます。

 
極印の製造

貨幣の図案が正式に決定すると、工芸官は、図案をもとにして油粘土で立体的な原型(凸型)を作る。この原型の上に石膏を流し、石膏が固まったら、元の油粘土の原型を剥ぎ取る。これで石膏による型取りが出来上がる。この石膏原版(凹型)を蠟に浸し、さらに表面を導電体とするため、表面に黒鉛を塗布する。これを硫酸銅溶液の中に浸し、電気的な作用により表面に銅の粒子を付着させ、銅による膜を作る。これを電鋳という。銅による膜の厚さは1ミリから1.5ミリ程度である。

次に、この石膏原版(凹型)から銅の膜を剥がすと、「電鋳板」と呼ばれる銅製の立体的な原版(凸型)が取れる。この銅製原版の表面の耐摩耗性を向上させるため、ニッケルメッキを施し、縮彫原版(凸型)とする。次に、縮彫機にこの縮彫原版(凸型)を取り付け、縮彫機を動かすと、、この機械の他方に取り付けられた鋼材の表面に、実物の貨幣と同じ大きさに自動的に縮小されながら、機械彫刻がされていく。

このようにして作られたのが種印(凸型)である。種印は、形状を整え熱処理をした後、貨幣の極印(貨幣や勲章等の模様をプレスするための金型)の素材(鋼材)の上にプレスされる。これを繰り返すことにより一個の種印から多くの極印が誕生する。

極印は、熱処理炉で焼き戻しが行われ、貨幣の圧印の際の高荷重に耐えられるようにし、次に、金剛砂やアルミナを用いて印面の研磨を行い、極印として完成する。


昭和36年 Aa型(タイプ) 未使用:昭和34年、昭和35年と同図案です。

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昭和35年 Aa型(タイプ)

10円洋銀貨の代わりに10円青銅貨を発行することになり、昭和26年から製造を開始した。図柄は表に宇治の平等院鳳凰堂、裏は月桂樹であり、ギザが付けられた。その後、昭和34年、貨幣形式統一の際にギザが廃止された。

貨幣デザインの原案は、造幣局の工芸官の手によって作られる。担当する工芸官は、新しい貨幣の図案が国民各層に末永く親しまれるようなものになることを願いつつ、各種の資料による調査を行ったうえで、デザインに取り掛かる。

貨幣は、金属の素材に貨幣の模様をプレス(圧印)して作られる。そのため、デザインの原案を決めるにあたって、圧印の時に、プレスの圧力に応じて貨幣の素材(金属)がうまく移動し、貨幣の模様が隅々まで鮮明に出るかどうか、また、容易に偽造ができないようなデザインであるかどうかなど、各方面から検討する。

すなわち、貨幣デザインを作成するにあたっては、美術的側面と同時に工業生産における機械的な精度や偽造防止対策などの技術的側面とを合わせて考え、両者のバランスを勘案しつつ、貨幣として最も優れたデザインを原案として作成する。

貨幣の図案は、最終的には、財務大臣の承認を経た後、閣議において決定される。
 


昭和35年 Aa型(タイプ) 識別番号はAa型(タイプ)です。喀龍先生が初めて分類されました。

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昭和34年 Aa型(タイプ)

昭和26年銘の10円には金が混じっているといううわさがあり、金属分析をしてみたところ、極微量だが金が混入していることが分かった。当時はまだ貨幣資材にスクラップを使っていたために起こったものであった。

JNDA 02-9 の昭和34年以降のギザ無し 10円青銅貨について解説する。根拠法令 第1号、制定年月日は昭和34年1月5日です。発行開始年月日は昭和34年2月16日です。発行開始年月日については、日本銀行の窓口支払い開始日をもってこれにあてた(日本銀行設立後)。

識別番号はAa型(タイプ)で今後、同じ識別番号である場合は基本的に平等院鳳凰堂の図案は同じとします。着眼点が人によって異なるかもしれませんが、全体を眺めるとこの分類方法が妥当ではないかと結論づけました。


50円ニッケル貨に続いて100円銀貨が発行され、50円貨は次第に銀行券に代わる情勢となった(50円銀行券は日本銀行で昭和33年10月1日支払禁止)のであるが、100円貨の方は全国的には容易に浸透せず、大都市に多く集中し、地方では銀行券がより歓迎されるという状況が長く続いた。しかも100円貨に対しては50円貨と紛れやすいというような記事が新聞で報道されることもあり、

大蔵省はこれを引きずられて臨時補助貨幣懇談会を昭和33年8月から4回にわたって開催し、検討を行った。懇談会は民間各方面の代表者11名によって構成されたのであるが、補助貨幣のうち100円、50円の改正が論点となり、翌34年1月新定されるに至った。

両貨の図案は公募され、その上位入選のものをアレンジして新図案が決定したものであった。100円は旧100円と同形同量で表面稲穂、裏面は分銅形と横方筋、側面のキザミをやや粗くし、50円貨は旧貨と同形で穿孔し、減量、図案は表面菊花、裏面は「50」の文字と記年のみ、側面のキザミをとって100円貨との区別を容易にした。


さらに、この両貨の改正と同時に10円青銅貨も側面のキザミを除いて同形に近い100円との区別をつけ、5円黄銅貨については、前々から問題になっていた「國」字を当用漢字に改めるとともに、書体をゴシック体に変えることにしたのである。

独立行政法人 造幣局によると、素材は青銅、品位は銅950、亜鉛40-30、錫10‐20(千分中)。量目は4.5グラム、直径23.5ミリ、図案は平等院鳳凰堂と唐草模様、常盤木、発行年は昭和34年と記載されています。


昭和34年 未使用: この初年度の完全未使用は高値です。銅の光沢の残っている素晴らしいものを手に入れたいです。



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昭和26年から昭和33年までの分類方法

昭和26年に製造されたギザ有10円ですが識別番号を付けました。従来の「Aa型に似る」より修正・変更されています。また、鳩型鳳凰とすべきを雌型鳳凰、鶏型鳳凰とすべきを雄型方法と間違って表記されていました。皆様方にお詫びします。すでに過去の記事は訂正済みです。


 
昭和26年 Aaに類似タイプI
昭和27年 前期 Aaに類似タイプⅠ めんどり or 鳩型鳳凰
昭和27年 後期 Aaに類似タイプⅡ おんどり or 鶏型鳳凰

昭和28年 Aaに類似タイプⅡ
昭和29年 Aaに類似タイプⅡ
昭和30年 Aaに類似タイプⅡ

昭和32年 Aaに類似タイプⅡ
昭和33年 Aaに類似タイプⅡ

昭和33年 Aaに類似タイプⅡ

発行枚数がわずか25,000,000枚と最も少ない貨幣です。「日本貨幣カタログ2018」(33頁、2017)の評価は完全未使用で50000円、未使用で23000円、美品で200円、並品で100円です。スラブ入りコインのMS-65RDや64RDは高値で売られています。

実際のコイン業者では美品300円から400円のところがありました。茨城貨幣研究会忘年会では60円で譲ってもらいました。美品や並品が混じっていましたが大変満足しています。

昭和33年 Aaに類似タイプⅡ を紹介します。「日本貨幣カタログ2018」では02-8がカタログ番号になっています。

本報告が、手変わりに興味を持って収集されている方々に取り、何かの参考になれば幸いである。本報告をきっかけとして、この分野の研究がさらに進むことを期待したい。

「平等院大観」岩波書店から出している建築編が昭和修理後の平等院鳳凰堂となりますが一番詳しい書籍となります。絶版になっているため図書館などから借りてみてはいかがでしょうか。それを参考にして、自分なりに従来の名称を改めたところがあります。

 
PCGS-MS64RD

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昭和32年 Aaに類似タイプⅡ

昭和31年銘は発行されませんでした。改めて昭和32年 Aaに類似タイプⅡ を紹介します。最近研究が進み、神吉廣純先生や鈴木和三郎先生の分類以外にも新発見など重要な知見が得られ、昭和38年、40年、45年、46年、52年、昭和62年前期、63年前期などの存在比などミントセットしか存在しないものが流通貨幣から偶然に見つかったことなど十分に解明された感がある。

「通常貨の昭和61年後期Cf型はプルーフの昭和62年と全く同図案であることが確認されている」という「日本貨幣カタログ2018」33頁の説明は間違いでありプルーフの昭和62年にも2種類存在します。このことについても後日詳しく紹介します。

同時に昭和59年Cb型の超稀少性に関しても「収集」誌に報告済みです。その他、有名コイン業者など。

上記の件は茨城貨幣研究会にも報告してあります。


ACCA-MS 64RD

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昭和30年 Aaに類似タイプⅡ

昭和25年から昭和32年まで平等院鳳凰堂は昭和の修理をしています。修理中に10円青銅貨の発行がありました。昭和26年に製造され昭和28年に発行されました。つまり、10円青銅貨の姿は昭和の修理前の姿です。

鳳凰堂は、建造物としては中堂、右側の北翼廊、左側の南翼廊、尾廊の4棟からなる。貨幣の呼び名の慣習上、北翼廊を右翼廊、南翼廊を左翼廊とも呼びます。呼び名は実際の平等院鳳凰堂にあるものとないものがあるため何でも良いと思います。貨幣に彫刻するときに省略されたため。

また、現在の鳳凰堂の屋根上の鳳凰は2代目となります。鳳翔館で収蔵展示しておりますのは、国宝に指定されている創建時の鳳凰です。昭和修理後の昭和40年代に大気汚染の危険から守るために降ろされました。その代わりに屋根上に上がったのが、現在の2代目鳳凰です。まったく同じ大きさ形をしています。 その2代目鳳凰が鍍金をされて金色となっています。 10円硬貨の鳳凰堂は昭和修理前の姿をしていますので、屋根上にはオリジナルの国宝鳳凰が描かれています。

ACCA-MS64RD

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昭和29年 Aaに類似タイプⅡ

旧10円青銅貨の手変わりは昭和26年から製造されたものと昭和27年前半に製造されたものを枝重雄氏によってめんどりと初めて名が付けられ、神吉廣純氏により鳩型鳳凰と名付けられた。大蔵省造幣局の編集協力の「日本のお金」によると、製造期間が昭和26年10月から昭和33年12月と記述されており、発行年月は昭和28年と記述されています。

鳳凰形状の局所手変わりについて区別したもので昭和29年を取り上げる。識別番号はAaに類似タイプⅡです。昭和27年後期から昭和33年まで宇治平等院鳳凰堂の図案は同じです。

PCGS-MS65RD 銅の光沢は十分といえるほど残されています。おそらくロール割のものと思われます。

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NGC-MS64RD 古いスラブ入りコインのケースです。縁が見えません。

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昭和28年 Aaに類似タイプⅡ

昭和28年を紹介します。分類番号がAaに類似タイプⅡということから宇治平等院鳳凰堂の面は昭和27年後期とほぼ同じです。鳳凰の足の太さ、細さ、眼の違い、唐草模様、「国」などの文字形状や太さなどの違いなどに見られる細かい分類はしていません。文字や幅の違いは極印使用途中の研磨作業等によって変わってくることなので、太さや幅の違いで別種と分類するのは良くありません。


また、銀貨用に製作された10円青銅貨の宇治平等院鳳凰堂のような繊細な図案は流通したものでは傷などによって図案が変形したり鮮明でなくなったりすることが多く見られるため、並品で手変わり分類することは適当ではありません。すべて基本的には神吉廣純先生(号・喀龍)の分類方法に従っています。


昭和28年 未使用


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昭和27年後期 Aaに類似タイプⅡ 追記

昭和27年前期に続いて後期も紹介する。分類番号はAaに類似タイプⅡです。別な貨幣でスラブ入りコインを紹介します。おんどりor鶏型鳳凰。

10円洋銀貨が製造された理由は、猛威を振るったインフレも昭和24年ごろになるとだいぶ弱まってきたが、お金の価値もダウンした。そこで小額通貨を紙幣で代用する戦時中の”悪弊”を改めて、半永久的な硬貨にすることが検討され、まず5円、1円の補助貨に続いて10円の補助貨が候補に挙がった。

 
素材は白銅貨に匹敵する洋銀で、その組成を銅550~600、亜鉛290~220、ニッケル160~180、偽造防止のために有孔とした。ニッケルの使用量を極力節約したところに特徴があった。連合軍総司令部(GHQ)から10億枚製造の許可を得て昭和25年3月から製造を始めた。直径20ミリ、量目2.75グラム、表にお茶の花が採用された。これは初めてのことである。

当局側では、10円紙幣を比較的短期間に回収するためにも相当量を製造しておいてから発行する計画であったが、製造開始3カ月後におこった朝鮮戦争がこの計画をくつがえしてしまった。

ニッケルの地金は国連軍の軍需資材として価格が急騰し、昭和26年5月にはニッケルの使用制限規則が公布され、10円洋銀貨はついに発行できない状態に立ち至った。昭和26年8月までの1年半に7億4647万4581枚が製造されたが、日の目を見ることなく鋳潰されてしまった。10円が青銅貨(ギザあり)となって現れるのはその2か月であった。このことから昭和26年10月に製造が開始されたものといえる。

なお、5円黄銅貨と1円黄銅貨と10円洋銀貨は昭和24年4月に新定の「当用漢字字体表」により、「國」字は「国」とすべきであったが、原型が早くも出来上がっていたため、旧字体の「國」になっている。昭和26年制定の10円青銅貨からは「国」字となっている。

銀座コイン様より名貨カレンダー2018が届きません。


PCGS-MS64RB この貨幣は研究会のY氏より譲っていただきました。

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昭和27年前期 Aaに類似タイプI 追記

昭和27年前期 Aaに類似タイプI で別な貨幣がありましたので紹介します。鳳凰の形状はめんどりor鳩型鳳凰と呼んでいます。orはもしくはと読み替えてください。

なお、表面鳳凰堂の屋根の両端にある鳳凰の尾翼の形が実際と異なっていることが発行後に問題となり、記年昭和27年の後半製造分から原型が修正された。本貨の交換は極めて順調で日本銀行はA券である国会議事堂10円銀行券を発行後、2年3か月の昭和30年4月1日に支払い停止とすることができた。

つまり、昭和26年銘すべてと昭和27年前期に製造された貨幣のみ鳳凰の形状はめんどりで昭和27年後半製造分から正常な鳳凰になるわけです。この傾向は現在に至るまで続いています。ただし、造幣局では当時の資料が見当たらず答えることはできないという回答でした。

PCGS-MS64RB

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謹賀新年

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

新年の抱負についてですが新しい貨幣に高額なお金を使わない、無駄遣いをしない。去年は東京オリンピック引継ぎの抽選が外れやむなくネットオークションから割高で買いました。今年あたりから東京オリンピック記念金貨の発行もあると予想されるため無駄使いをせずいつでも使えるようにしておかねばなりません。ちなみに残り30種類もの発行が予定されています。全部買うということになると莫大な資金が必要になります。抽選に外れる可能性もあります。入手先は貨幣研究会となるのでしょうか。

昭和59年Cb型については、未使用で状態の良いものを探しています。貨幣研究会会員で中間業者がいるのですが期待します。自分でも催事などに頻繁に参加して見てみます。当たりキズのない状態のものがいいですね。青銅の光沢のあるMS-65RDあたりが希望です。ここで皆さんに発表してしまうと同じ貨幣を探しているコレクターの方もいると思いますがもし見つかりましたら私まで報告してください。存在の確認はしましたので必ずどこかに眠っているはずです。

問題となるのは昭和56年Bd型です。日本貨幣カタログ1994、収集に掲載されながら流通貨幣でさえ見つからない幻の貨幣です。信頼できる報告なのか分かりませんがもし見つかれば欲しい貨幣です。

また自動販売機を使っての撰銭についてですが3回までなら大丈夫ですので昭和61年後期をはじめとする探している貨幣を引き続き探します。去年は金融機関が2か所使えなくなり中止になりました。

現行10円青銅貨は業者の利益は少ないために東京の催事には持ってきてはくれません。持ってきてはくれても毎回ではなく、どうしても旅費を払いお店まで見に行かなければ確認することができません。

催事については、できるだけ多く参加をしようと思っています。相場、雰囲気など様々なことが分かります。在庫は常に変化していくことが考えられるので催事がなくとも時間があれば上京してみたいですね。オークションの下見にも行きたいです。

とりあえずわたくしの抱負としてはこのくらいです。2020東京オリンピック記念硬貨の予約抽選販売がメインになり、昭和59年Cb型の未使用も同じくらいになります。くれぐれも無駄使いをしないで研究会でも使いたいです。

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